任意後見制度とは
任意後見制度とは、現在判断能力はあるが、高齢や障害等に事由により、将来の生活に不安を抱えている方が、実際に認知症になったり、判断能力が衰えたときに、本人に代わって、介護認定の申請や介護施設の入居、入院手続きなどの身上監護を行ったり、預貯金等の管理や居住不動産の売却などの手続きといった財産管理を行ってもらえるように第三者と契約する制度です。
任意後見契約
任意後見制度は、依頼者である本人と受任者である任意後見人との間で任意後見契約を締結し、公正証書にすることで成立します。つまり、法定後見と違って、この間は、裁判所は一切関与しません。
任意後見契約を締結したばかりのときは、まだ本人に判断能力がありますので、任意後見は開始されていません。本人の判断能力が低下し、任意後見受任者若しくは親族が家庭裁判所に任意後見監督人の選任申立を行ってはじめて、任意後見が開始されます。ですから、任意後見契約を締結したからといって、普段の生活になんら変化はありませんので、勘違いしないようにしてください。
任意後見人になれる人、なれない人
任意後見人には、誰でもなれるわけではありませんので、契約する前に、契約の相手方が任意後見人に該当しないかどうか、確認しておく必要があります。
任意後見人になれる人
- 配偶者や親族
- 本人が信頼する第三者
- 弁護士、司法書士、行政書士、社会福祉士などの専門家
- 社会福祉法人やNPO法人など
任意後見人になれない人
- 未成年者
- 後見人を解任された者
- 破産者
- 本人に対して訴訟を起こした人
任意後見人の仕事
任意後見人の主な仕事は、以下の通りです。
- 本人の現金、預貯金、有価証券等の財産管理
- 本人の生活、療養費等、必要経費の支払い
- 本人の 介護施設等への入居契約
- 本人の 介護認定の申請
- 本人の 介護サービス利用契約
- 本人の 病院への入院手続き
- 訪問診療、訪問看護、訪問薬剤師等との契約
- 年金に関する手続き
- 役所関係の手続き
- 居住用不動産や動産等資産の売却等
- 年に一度、業務報告書と収支報告書及び預貯金通帳の写しを任意後見監督人に提出
ここで、居住用不動産の売却に関しては、本人が施設等への入居により居住用建物が空き家になる等、本人の生活に支障をきたすようなことがないという条件を満たす必要があります。また、当然のことながら、任意後見代理権目録の中に上記の内容を明記しておく必要があります。
複数の人が後見事務を行う場合
一般的に任意後見受任者は一人で行うことが多いのですが、親族が任意後見事務を受任する場合、2人もしくは3人で協力して行うことも珍しくありません。
では、複数の人で後見事務を行う場合、各任意後見受任者にはどんな権限が与えられるのでしょうか。また、契約書には、どのように記載すればいいのでしょうか。
複数受任の契約書の形態
①任意後見受任者がそれぞれ権限を単独で行使できるとき
委任者の選択に従い、各人ごとまたは一括して1通の公正証書を作成可能。1通の契約書に複数の受任者が記載している場合であっても、任意後見受任者ごとに別個に契約が締結されたことになります。従いまして、契約書が任意後見人の数だけ存在するのと同じことになります。
②任意後見受任者ごとに権限の分掌の定めがあるとき
①と同様に公正証書を受任者毎に作成することも可能ですし、1つの公正証書に受任者全員の名前を記載することも可能ですが、①と違うところは、受任者毎に後見事務の担当を決定していることです。
例えば、Aさんは、財産管理のみを担当し、Bさんは、身上監護のみを担当するといった具合です。いずれにしても、単独で権限を行使できますので、手数料も2倍必要です。
③ 権限の共同行使の定めがあるとき
公正証書は、受任者の人数に関係なく一つの契約書となり、権限の行使は常に複数の人が共同で行使しない限り無効となります。複数の人が共同で行使することで効力が生じるわけですから、任意後見人が何人いても、一人分の権限しか持てませんので、手数料も一人分となります。
共同受任の形態の違いによるメリット・デメリット
複数後見契約の態様 | ①任意後見受任者がそれぞれ権限を単独で行使できるとき | ②任意後見受任者ごとに権限の分掌の定めがあるとき | ③権限の共同行使の定めがあるとき |
メリット | ・財産管理は受任者の一人が行い、身上監護は他の人にという具合に役割分担ができる。 ・受任者は独立して、財産管理と身上監護を行うことができる。 ・受任者の一人が死亡又は契約解除等をしても契約は継続される。 | ・財産管理は一方の親族に、身上監護はもう一方の親族にという具合に役割分担ができる。 ・受任者の一方が死亡など何らかの事由によりかけた場合、残った受任者が単独で全事務を行う定めがある場合、契約は継続される | ・任意後見人受任者が力をあわせて後見事務を行うことができる。 ・相互監視を行うことができ、不正が生じにくい。 |
デメリット | ・任意後見人受任者の人数が増える分、報酬額が高額になる。 ・任意後見人ごとに後見監督人の選任の申立を行うことができる。その結果、任意後見監督人の報酬額が高額になる(一つの公正証書で複数の受任者を記載している場合、通常、任意後見監督人は1名選任される) | ・任意後見人受任者の人数が増える分、報酬額が高額になる。 ・任意後見人ごとに後見監督人の選任の申立を行うことができる。その結果、任意後見監督人の報酬額が高額になる。(一つの公正証書で複数の受任者を記載している場合、通常、任意後見監督人は1名選任される)。 | ・任意後見人受任者の人数が増える分、報酬額が高額になる。 ・機動性に欠ける。 ・意見が対立することにより、後見業務が停滞する可能性が出る。 ・1個の不可分の契約であるとされているため、共同任意後見人のうちの1人について「解除」や「終了自由」が発生すると任意後見契約の効力が発生しなかったり、終了してしまうことになる。 |
任意後見の開始
上記後見人の主な仕事の最後に記載しておりますが、任意後見を開始する条件として、任意後見監督人の選任申立が必要であり、任意後見監督人が選任されると同時に任意後見が開始されます。
任意後見監督人とは、任意後見人を監督する立場にある人をいい、任意後見人から上がってきた報告書等を家庭裁判所に提出したり、裁判所の指示を任意後見人に伝える等、裁判所と任意後見人の中間に位置します。従って、原則、裁判所が直接任意後見人に指示を与えるということはありません。あくまで、任意後見監督人経由で行われます。
ところで、任意後見監督人の報酬ですが、一般的に任意後見人の報酬の半額程度と言われています。また、誰が支払うかというと、任意後見委任者が支払うことになりますので、任意後見が開始されると余分に経費がかかるということを頭に入れておく必要があります。
では、本人にまだ判断能力は十分あるが、足腰が悪く、一人での外出が難しい場合や、今はかろうじて判断能力を維持しているが、徐々に認知機能の衰えを感じており、後見業務をスタートするタイミングを計りかねている場合は、どうすればいいのでしょうか。
このような場合は、「委任契約」を「任意後見契約」と同時に締結することで解決することができます。
委任契約
委任契約とは、任意後見契約がスタートする前ではあるが、任意後見契約とほぼ同じような業務を遂行して欲しいという本人やご家族からの要求にお答えするものであり、任意後見契約と委任契約を同時に締結することで、委任契約から任意後見契約にサポートの空白期間を経ることなくスムーズに移行することが可能となります。
従いまして、認知症が急激に進行しても何ら慌てることはありませんので、任意後見契約をスタートするタイミングは、委任契約中に本人やご家族、受任者で十分話し合って決めればいいことです。
また、全員が、認知症を発症して判断能力が衰えてから亡くなるわけではありません。半数以上の方は、十分判断能力があるうちに寿命が尽きてしまいますので、任意後見契約しか締結していない場合は、契約が無駄になってしまいます。この場合でも、委任契約を一緒に締結していれば、身体能力の衰えや気力の衰えを理由に財産管理、身上監護を受任者にお願いすることが可能となります。
それならば、任意後見契約を締結することなく委任契約だけ締結すればいいではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、財産管理や身上監護は成年後見制度という法制度を前提としたものですので、任意後見契約と同時に委任契約を締結することにより、任意後見受任者という法的な立場で委任契約業務を遂行することができるようになります。
これにより、受任者は、委任契約の期間が満了すれば委任事務も終わるのではなく、本人が亡くなるまで任意後見人という立場でお付き合いが続くということがはっきりしますので、年が経つにつれ病院や介護施設、銀行、役所等から頼りになる存在になっていきます。
一方、身体も判断能力の衰えもなく、まだ元気なうちに任意後見契約を締結しておきたいというかたもいらっしゃいます。こういう方には、次に述べる「見守り契約」を任意後見契約と委任契約と同時に締結することをお勧めしています。
見守り契約
見守り契約は、委任契約の更に前の段階で、本人にはまだ十分に判断能力があり、また、財産管理や身上監護を支援する必要がない場合、定期的に本人に電話などで連絡を取ったり、月に一度程度面談することで、判断力と身体の衰えをチェックし、いつでも委任契約若しくは任意後見契約をスタートできる体制を整えるためのものです。
人は、いつ身体的若しくは精神的な支援が必要になるか分かりませんので、委任契約を締結したからといって、その契約をすぐにスタートさせていない場合は安心できません。まだしっかりしているからといって、知らぬ間に詐欺まがいのリフォーム契約を締結してしまったり、高価な製品を騙されて購入してしまうことも考えられますので、見守り契約によって、このような被害を未然に防ぐことが可能となります。
見守り契約の委任者と受任者の間で信頼関係が築ければ、委任者が重要な契約等を一人で締結するリスクも随分小さくなると考えられますので、早いうちから時間をかけてお互いの信頼関係を醸成していくことも大切です。
一方、任意後見契約者の中には、近隣に親族がいない人や身寄りのない人も多いので、そういう方は、ご自分が亡くなった後のことについても悩んでいらっしゃいます。その解決策が、次に説明する「死後事務委任契約」というものです。
死後事務委任契約
委任契約若しくは任意後見契約中に本人が亡くなった場合、その時点で、委任契約及び任意後見契約は終了します。よって、その後に残された病院や介護施設等の債務については、基本的に相続人によって処理されることになります。勿論、年金事務所への通知や各種契約の解除手続きも同様に相続人の仕事になります。
では、相続人がいない場合やいても相続放棄によって相続人が不在となってしまった場合はどうすればいいのでしょうか。また、すぐに駆け付けて、葬儀の準備や関係者への通知、債務の整理をやるだけの時間的、身体的な余裕がない相続人も多いのではないでしょうか。
このような本人が死亡した後の処理についての悩みを解決するのが「死後事務委任契約」になります。
死後事務委任契約とは、本人亡き後、速やかに葬儀の手配から関係者への通知、債務の整理、種々の契約の解除、債権の回収、お墓の処理等、生前に本人と契約したことを受任者が有償で行うものです。ここで大事なことは、本人の死亡からその後の処理への移行に関する空白期間を作らないいことです。
そのためには、任意後見契約と同時に死後事務委任契約を締結することです。そうすれば、病院や施設などで本人が亡くなった場合、任意後見契約の受任者が死後の事務処理も継続して行うことになりますので、施設等とのやりとりもスムーズになります。担当者が異なれば、ことの経緯から説明しなければなりませんし、それ以前に受任者の本人確認にも時間を要しますので、身近に親族がいない場合には、死後事務委任契約を忘れずに締結することをお勧めします。
では、死後事務委任契約者の受任者は、 遺言執行者とどこが違うのかといいますと、遺言執行者の主な仕事は、相続財産に関する処理であり、それ以外の処理に関しては、基本的に死後事務委任契約の受任者の仕事となります。
ところで、本人の債務も相続財産であり、葬儀やお墓の関する事項についても遺言書に明記されていれば遺言施行者の仕事に該当しますので、死後事務委任契約書の受任者と行うことがダブってしまう可能性があります。
このようなことが起こらないように、死後事務委任契約の内容を確認しながら遺言書を作成することをお勧めしています。そうでなければ、どちらが責任をもってやるべきか分からなくなります。
通常、死後事務委任契約の受任者が契約に則り全ての処理を終えた後、残った金銭等を相続人に譲渡して、その金銭等を相続財産に含めて、遺言執行者が遺言執行を行うのが一般的です。従いまして、死後事務委任契約締結後、速やかに委任者である本人から受任者に対して、その報酬を含めた死後の事務処理に要する経費を預託金として受任者に預けておく必要があります。
受任者は、本人が死亡したら速やかにその預託金の中から全ての債務処理を行い、その他契約に基づき様々な事務処理を行った後、報告書と経費精算書を作成して、残った金銭と合わせて、相続人の代表者にお渡しして任務が完了します。
移行型任意後見契約
このように、 委任契約から任意後見契約(を経て死後事務委任契約)に移行したり、見守り契約から始めて、委任契約、任意後見契約(、死後事務委任契約)と移行していくことを「移行型任意後見契約」と呼んでおります。
以下は、一連の契約を一覧表にしています。
このように、見守りから本人が死亡した後の処理まで継続的に親族若しくは第三者にお願いできるので安心ですね。
法人契約
これまで、主として個人が成年後見人や任意後見人になることを前提にお話してきましたが、社会福祉法人やNPO法人等法人が契約の主体として、成年後見人や任意後見人若しくは任意後見受任者になることも可能です。
この場合、契約当事者は委任者個人と法人となり、契約書の中で法人を代表して事務執行を行う者を予め選定しておいて、公正証書の作成段階には、事務執行者として名前を記載するのが一般的です。こうすることにより、契約締結後、すぐに業務に取り掛かることが可能となります。
法人契約のメリット
法人と後見契約することで、個人との契約と比べて、以下のようなメリットがあります。
- 事務執行者が、病気や転勤等の理由で業務を続けることができなくなった場合でも、法人会員の中から別の会員を事務執行者として選任するだけで済み、解約する必要はありません。個人契約の場合は、任意後見が開始される前の任意後見受任者の段階では、一旦契約を解消した後、新たな人と後見契約を締結する必要がありますので、これは大きなメリットになります。
- 事務執行者の都合が急に悪くなったとき、法人の他の会員が代わりに事務執行を行うことが可能となります。
- 事務執行者と委任者との相性の良し悪しは、一度面談しただけでは分かりません。後日、変更して欲しいという依頼者から要請があった場合、会員の中から別の者を選任することができますし、もちろん事前に何名かの候補者と面談することも可能です。
- 近年、後見人による被後見人の預貯金の不正使用といった犯罪が増加しておりますが、そのほとんどは個人契約者による犯罪です。法人では、事務執行者に対する監査を年に1度若しくは2度、定期的に実施するなどして、不正の防止に努めていたり、一人の不正により法人全体が後見業務を受任することができなくなるなど、契約されている委任者はもちろんのこと、他の会員にも多大な迷惑がかかりますので、不正に対する抑止力が期待できます。よって、個人での契約よりも法人契約の方がより安全ではないかと思われます。
以上のようなメリットがありますが、一方、デメリットもあります。
法人契約のデメリット
- 契約前の事前審査、事務執行者の変更、契約解除等を行う場合、都度、法人の許可が必要なため、手続きに時間がかかります。
- 利用者にとって、必ずしも、気に入った人が事務執行者に就任するとは限りません。
契約の解除
見守り契約、委任事務、任意後見契約、死後事務委任契約を解除する場合、各契約を単独で介助することはできません。どれか一つだけ契約を解除したいと思っても、全ての契約を一旦まとめて解除して、新たな契約を締結する必要がありますので、ご注意ください。
また、任意後見監督人選任前に契約の解除を行う場合は、法務局に終了の登記申請を行う必要があります。「登記申請書(終了の登記)」に必要事項を記載し、公証人の認証を受けた書面を添付して、法務局の窓口に提出してください。
任意後見監督人選任後に契約の解除を行う場合は、 任意後見契約の合意または一方的解除の意思表示を記載した書面,家庭裁判所の許可の審判書または審判書の謄本及び確定証明書を登記申請書に添付する必要があります。
以上のように、任意後見監督人の選任前後で解約の手続きが全く異なります。いずれにしても、後見契約等は、委任者にとって非常に大切な契約になりますので、簡単に解除できない仕組みになっています。